翔びたくて

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「翔びたくて・・・3」

「本当、綾子ってすごい!!ねぇ、ねぇ、幼稚園に行けばみ〜んな先生達って綾子みたいなの?」

「え?私みたいって?」

「ほら、水のあけ移しをさせたりとかさ!」

「ああ、そういうことか・・・。」

「ね?どこの幼稚園に入れたらいいのよ?」

「そうねぇ、どこの幼稚園でもいいと思うよ。涼香とヒロ君が気に入れば。」

「だからさぁ、気に入るも何も、どういう幼稚園がいいのか、全然わかんないのよ。たとえばね、あ、ちょっと待ってて。」

涼香は再び席をたち、今度は茶封筒を抱えてもどってきた。

「ほら、見て!」

茶封筒の中には様々な幼稚園のパンフレットが入っていた。

「わぁ、よく集めたねぇ・・・!へぇぇぇ!あ、この幼稚園のパンフレットかわいい!お!これもオシャレにできてるねぇ!」

「ちょっとちょっと、それより内容を見てよ!ほら、このすみれ幼稚園!ここがここら辺では一番大きいの。400人くらいいるんだよ。」

「400人!!」

「うん、それでね、運動会には鼓笛隊をするの。私、去年見に行ったんだけど、感動しちゃった!バトン・ガールもかわいいし、メロディオンを上手に演奏する子もいて、それぞれ素敵な衣装を着てね。」

「へええ!」

「それから、ほらこっち、修徳幼稚園、ここはね小学校みたいにカリキュラムがきっちりしているの。一時間目は体操とか、二時間目はお習字とかさ。小学校にあがる前には皆、ひらがなが読めて、ハーモニカがふけて、それからバタ足ができるんだって!」

「バタ足?」

「うん、スイミングもあるから。」

「ああ、そのバタ足か。」

「でも、うちの子ついていけるかなぁ・・・。やっぱり修徳は無理かなぁ。」

「無理ってことはないと思うけど・・・。」

「あ、ほらここ!元気っ子幼稚園、ここはね、自由保育をしてるんだって。園庭とかも広くって、アスレチックみたいなのまであるんだよ。スクール・バスから降りてくる子達を見ると、み〜んな泥だらけなの!!でもね、ええっと・・・。」

涼香はパンフレットをガサガサと探した。

「ああ、これこれ!籐和学園付属幼稚園、藤和女子短大の付属なの。ここも自由保育らしいんだけどね、元気っ子とは全然違う雰囲気なのよ。制服もきちんとしててね。ほら、かわいいでしょ?」

「ああ、藤和は自由保育の先進的な学校だからね。」

「知ってるの?」

「うん、聞いたことはあるわ。工作の部屋とか、音楽の部屋とかに分かれていて、子ども達は自由にやりたいことをしていいんでしょ?」

「そうそう!そうなのよ!!皆、楽しそうだったわ。」

「じゃ、そこにすれば?」

「簡単に言わないでよ!!でもね、藤和は親の付き合いが大変らしいのよ。毎月、教材作りのお手伝いで幼稚園に行くんだって。お誕生会っていえば料理を持ち寄ったりとか、なんでも手作りするらしいのよ。その点、すみれなんかはあっさりしてるらしいんだ。スクールバスのコースも多いし、完全給食だしね。6時までの延長保育もしてくれるんだって。」

「じゃ、すみれにすればいいじゃない。」

「だから、簡単に言わないでよ!!それがね、鼓笛隊の練習が嫌で登園拒否起こしちゃった子もいるらしいのよ。年長さんが運動会で鼓笛隊をするんだけど、年中の運動会が終わったらすぐ練習が始まるらしいの。」

「ひゃあ!一年間も運動会の練習するの?!」

「やっぱり長いと思う?それでね、その登園拒否をおこしちゃった子の親がね、幼稚園にもう少し練習を少なくしてくれって言いに行ったらしいんだけど、一切とりあってくれなくって、そればかりか親の育て方が悪いみたいな言い方されたらしいのよ。」

「ふぅ・・ん、涼香、その親を知ってるんだ。」

「え?ううん、知らないわよ。人から聞いたの。」

「人から聞いた話しはあてになんないわよ。」

「そうかな・・・。」

「そうよ。だって、きっとすみれ幼稚園が大好きで、鼓笛隊の練習が大好きな子もたくさんいるんじゃない?じゃなきゃ400人も子どもが集まらないわよ。」

「そっかぁ!それもそうね!それじゃ、たくさん子どもがいる幼稚園がいい幼稚園なんだ!」

「コラ!涼香こそ短絡的!少人数だからこその幼稚園だってあるでしょ!」

綾子が子どもをめっと叱るように涼香をたしなめた。

「だぁってぇ・・・、じゃ、どこの幼稚園に入れればいいのよ?ねぇ、綾子、いい幼稚園ってどんな幼稚園なの?ねぇ、なんでこんなに幼稚園って違うのよ。なんのために幼稚園に入れるの?ほら、高校や大学だったらさ、進学率のいいところ!とか偏差値で選べばいいじゃない?でも、幼稚園ってどうやって選べばいいのよ?」

「そうねぇ・・。本当は高校だって大学だって、幼稚園と同じで進学率とか偏差値とかでなくその学校の特色によって選ぶべきなんだろうけど・・・。何のために幼稚園に入れるかっていったら・・、多分・・。」

うんうん、と涼香が綾子の答えを待つ。

「一番大切な、忘れてはならないことは、幼稚園って子どもにとっての社会生活の第一歩だってことなんじゃないかなぁ・・・。」

「社会生活の第一歩?」

「そう、だってヒロ君にとっても彼の人生の中で起きる大事件だと思うよ。今まではママがいつも近くにいて、おなかがすいても、眠くなっても、トイレ行きたくなっても、ぜ〜んぶママが面倒みてくれたじゃない?そのママがいなくなっちゃって、突然集団の中に入れられちゃうんだよ?これって、子どもにとっては大事件だよね。ママに頼って生きてきたのに、そのママが自分をおいてどっかいっちゃうんだもん。」

「そ・・そうよね。」

涼香が真剣に聞く。

「だから4月は泣く子いーっぱいいるのよ。」

「う・・うちの子も泣きそうだわ・・・。綾子ぉ、幼稚園入れない方がいいの?」

「だから、それが短絡的だって!」

綾子はまた涼香をめっと叱る。

今度は二人でふきだした。

「それでも幼稚園は大切なの。この年の子ども達が子どもの集団に入るということはとっても大切なことなの。」

「どうして?」

「つまりね、母親に依存するだけの時代に終わりを告げて、更なる人生の第一歩を踏み出す時なのよ!」

「おおお!なんだかすごい話し!」

「真面目に聞いてよ!」

「聞いてるって!」

「大人だったら、順番でもなんでも小さい子どもが泣けば譲ってあげるよね?でも、子ども同士だったらそうもいかないし、自分より小さい子もいるのよ。幼稚園の中には。」

「ああ、年中以上になればね。」

「そう、それに、年少さんにとって年長さんの存在だって大きいのよ。近未来の自分の姿、憧れだものね。お着替えだって素早くできるし、ジャングルジムのてっぺんにも登れるし、鉄棒だってできちゃう。」

「そうよねぇ・・。この頃、2歳違うっていったら大きいものねぇ。」

「うん、そうやって、年長さんに憧れて、僕もああなりたいって思ったり、小さいお友達に親切にしてあげたいって思ったり、順番とかそんなお約束を守ったり、そうやって子どもの集団の中でルールとか、集団の楽しさとかを知るということがとっても大事な時なのよ。

とにかく、“似た年齢の子どもの集団”という環境に入れることがとっても大切なの。子どもって友達のマネをよくするでしょう?」

「うんうん。」

「母親がどんなにピーマン食べなさいって言っても食べなかった子が、お友達が食べているのを見て、つられて食べちゃうとかよくある話じゃない?同様のことっていっぱいあるのよ。鉄棒とか、運動に興味がなかった子がやるようになったり、逆に本に興味がなかった子が大好きになったり。子供同士の集団って本当に影響大なのよね。子ども達の成長に必要だと思うよ。同年齢の子どもの集団。」

「なるほど!そのために幼稚園はあるのか!!」

「あ・・・う・・・、そうね・・・、まぁ、そんなとこかな・・と私は思ってるんだけど・・・。」

「何よ!突然自信なさげに!」

「ないよぉ、私だって幼稚園の先生としてはまだまだヒヨッコだもん。これからもいっぱい勉強しなくっちゃ!」

「でもさ、綾子の言うことよくわかるわ。きっとその通りだと思う。説得力あるよ。」

「そ・・そう?ありがと。」

「で・・、どの幼稚園がいい?」

「結局、それか・・。」

二人はまた吹き出した。

「だってね、綾子の話しを聞いているとどこでもいいって事じゃない!どこの幼稚園だって母親と別れて、子ども同士の集団に入るのよ?」

「だから、最初からどこでもいいって言ってるじゃない!」

「どこも同じって訳じゃないじゃない。」

「涼香とヒロ君が気に入ったところならいいと思うよ。ヒロ君の個性をちゃんと認めてくれて、愛情を持って保育してくれるなら・・・。涼香はどこがいいと思ってるのよ?涼香はどんな幼稚園に入れたいの?」

「それがわかんないから困ってるのよ・・・。あ!そうだ!うん、綾子みたいな先生がいて、綾子みたいなことをしてくれる幼稚園がいい!」

「私みたいな事・・・?」

「そうよ!ほら、あれ!」

涼香は水の開け移しに夢中になっている自分の息子を指差した。

「綾子さっき言ったじゃない!浩之はああいうことがしたかったんだって。それで、あんな風にお水とピッチャー用意してくれて、浩之にさせてくれたでしょ?それってどこの幼稚園でもそうなの?ああいう事をしてくれる幼稚園がいい!」

「ああ・・・そうか。」

綾子の方がかえって気が付かされたといった顔をする。

「そうよぉ!綾子言ってたじゃない。あの水のあけ移しは浩之が生きつづけるために必要な練習なんだって。そういう風に浩之をみてくれる幼稚園がいいわ。」

今度は綾子の方が真剣な面持ちで黙り込んだ。

「ここからなら・・、つばさ幼稚園が近いか・・・?」

なにやらぶつぶつ独り言を言う。

「何?どうしたのよ。何言ってんの?」

涼香が聞く。

「う〜ん・・・、ほら、私、保育短大卒業した後、一年勉強したじゃない?」

「ああ、うんうん。」

「モンテッソーリ教師になるための勉強してたのよ。」

「あー、なんとかって言ってたよね。」

「モンテッソーリ!」

「うん、それ!」

涼香は正確な名前を覚える気もないような返事をする。

「だからね、私の勤めている幼稚園はモンテッソーリ教育を取り入れているのよ。」

「え?え?何?なんて?」

話しが幼稚園に戻り、慌てて聞きなおす。

「だから!!モ・ン・テッ・ソーーリ!」

「そ・・・・それ・・何・・・?」

「そういう幼児教育法があるの。」

「・・・・・へぇ・・・・。」

「モンテッソーリをしている幼稚園なら、ああいう水のあけ移しとかがあるのよ。例の生命衝動の話しもモンテッソーリの学校で習ったとおりの受け売り。」

「・・・・・そうなんだ・・・。」

思わぬ話の展開に涼香はとまどうかのような反応を見せる。

「で、そのモンテ・・・ストーリ?に行けば綾子みたいな先生がいるのね?」

「モンテッソーリ!!」

「うんうん、それよ、それ!」

「そうね、もし涼香が私の話にそんなに興味があるっていうんならいいと思うよ。是非。」

「それで、それってどこにあるの?」

「そうなのよね・・。それが問題なのよ・・・。ここら辺だったら多分、つばさ幼稚園が一番、近いと思うんだ。」

「つばさ幼稚園?聞いたことないなぁ・・・。」

涼香は集めたパンフレットを確かめる。

「だよねぇ・・。N市だからちょっと遠いよね。」

「N市ィ?!!そりゃ遠いわよ!!電車で乗り継いで50分はかかるわ!」

「そうよねぇ。」

「あ・・・・、でも・・・・。うん、でもね、もし綾子がすっごくいいと思うなら考えてみる。」

「う〜ん・・・。だけど、やっぱりあまり遠いと子どもに負担がかかってしまうし、そうなると本末転倒だしね。やっぱり忘れて!自動車でもあるっていうならいいんだけど・・。」

「え?」

「自動車よ。ほら、ここからN市って電車だととっても遠回りで時間がかかるけど、自動車だと大したことはないのよね。」

「それよ!!」

涼香が大きな声を出す。

浩之も驚いて母を見た。

「自動車!!買うの!!念願かなって!!来月には納車なのよ!!」

涼香と綾子は驚きに口を丸くあけ、お互いみつめあう。

その丸い口がみるみる笑いに変わっていった。