翔びたくて

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「翔びたくて・・・11」

「ぎゃ〜〜〜はっはっはっはっ!!」

綾子がリビングに転がって大笑いする。

「ちょっとー!笑い事じゃないわよ!答えてよ!」

綾子の笑いは止まらない。

「だからぁ、ねぇ、私も浩之にパン屋さんでパン取らせた方がいいの?たとえ、おっことしても?」

 「やめて〜!」

 綾子の笑いは更に高まる。

 「ねぇ、ちょっとぉ!教えてってば!公園も?浩之がもう帰ろうというまで付き合うべきなの?虫を見つけたら、買物の途中でも観察をしていればいいの?」

 「もう!だめぇ・・!笑い死ぬ・・・!!」

 綾子は涙をこぼして、げらげら笑った。

 そんな綾子を見ていて、涼香はだんだん、今まで真剣に悩んできたことがばからしくなってきた。

 「そう・・そうだよね・・・。おかしいよね・・・。」

ぷっとふきだす。

 二人はひとしきり一緒に笑った。

 「しかし、本当にいるんだぁ・・・。そんな人。」

 やっと笑いが収まってきた綾子がおかしそうに言う。

 そしてまた思い出してくっくっくっと笑う。

 「すごいね・・。パン屋でパンをおっことしても平気な顔して、また取らせるなんて・・・。」

「ねぇ、綾子、そうするべきなの?それがモンテッソーリなの?」

「そんなわけないでしょっ!!」

綾子が一蹴する。

涼香の目が見開かれる。

「そう・・そうだよね・・・。そんなわけないよね。」

涼香は安心した顔をし、それからまた話し始めた。

「でもね、私にもそうしろって言うんだよ?『今度から、公園にもちゃんと付き合ってあげないとね。』とか言っちゃってさ!」

涼香は子どもが先生に言いつけるかのように憮然としながら綾子に訴える。

「それで、涼香はなんて答えたの?」

ぐ・・・、痛い質問。ことばにつまる。

「え・・ええ・・・。って言っちゃったわよ。」

下をうつむき、白状する。

「ぎゃ〜〜〜!!」

 綾子が再び、爆笑する。

「ちょっとぉ!もうっ!!笑いすぎ!!」

「ごめんごめん。」

それでも、必死に笑いをこらえながら綾子が涼香に向き合う。

「で、涼香はどう思うのよ?ヒロ君の公園に付き合った方がいいと思うの?」

「そうは思わないわよ。だけど・・・。」

「だけど、何よ。」

「だって、綾子言ってたじゃない。子どもには生命衝動によって突き動かされるどうしてもやりたい作業があるって。子どもにはやりたいことをやらせなきゃいけないのか、どうか・・・。あのお母さん達の話しを聞いていたらわからなくなってしまって。

だけど、違うと思う!そんなのおかしいもん!でもでもでも・・、なんて言い返したらいいのかわからなくって・・・。」

綾子はうんうんとうなずきながら聞いた。

「わかるわかる。」

「私、なんて言い返したらいいの?」

「言い返さなくったっていいじゃない。『ああ、そうですか。』って言っとけば。」

「そりゃ・・・、そうだけど・・・。」

「そうよ。自分とは合わないな、と思う人達がいたら、それはそれとして、深く関わらなければいいのよ。あなたは間違ってる!って言ったところで不毛でしょ?それに間違ってないかもしれないし。」

「間違ってないっていうの?パン屋の話し!!」

涼香がいきりたつ。

「そうは言ってないわよ。間違ってると思うわよ、私も。

でも、間違ってる、間違ってるって言ったところで不毛だと言っているの。それで向こうが『ああ、そうでした、間違ってました。』なんて言うはずないでしょう?きっと何か言い返されてまた嫌な気分になって、また何か言い返して・・・。そうして深く関わっていくのよ。

 ね?合わない人は、『ちょっと合わないんだな。』と思うだけで、深く関わらない方がいいのよ。でしょ?」

「だけどストレスたまっちゃうわよ。言われっぱなしじゃ。」

「それはね、“間違ってる”と言い返せないからストレスがたまるんじゃなくて、『あなたの言うことは間違ってるわよっ!!』と腹立たしく思うからストレスがたまるのよ。」

「間違ってると腹立たしく思う?」

「そう。『ああ、この人が言っていることはちょっと違うなぁ』と思ってるだけならストレスなんかたまんないもん。」

「そう・・・、そうなのよね・・・。うん、確かにそうだ。」

涼香はそれから溜息をついた。

「だけどさ、多分それって・・・。」

自分の気持ちを考え、考え、ことばをさぐる。

「うん、そう。綾子がそう思えるのはきっと自分に自信があるからなのよ。自分でモンテッソーリ教育とは何かがよくわかっているから、ちょっと他人が違うことを言っても『ああ、それは違うなぁ』とかなんとか涼しい顔をしていられるのよ。」

「そうそう。その通りよね。逆を言えば、涼香、あなたは自分に自信がないから、腹立たしくもなるし、言い返したくもなるってことでしょう。」

「う・・・。まぁね・・・。そうだわよ。」

「つまり原因は自分の中にあるってことね。」

「ぐぐ・・。そりゃそーね。わかった、認める。でね、綾子。」

「何?」

「だから、その自分で自信が持てるように教えてよ。パン屋の話し、どう考えたらいいの?私ももっとよくモンテッソーリを知りたいの。自分でよく理解しておきたいのよ。」

涼香は真剣だ。

「そうね・・・。」

綾子はそこでちょっと黙りこんだ。

自分の中で考えを整理しているようだった。

「まず、子どもの欲求にどこまで答えるべきかってことだけど。」

うんうん、と涼香が聞く。

「そう聞かれれば、できる限りとことん答えてあげて下さいって言うと思う。」

「それじゃ・・!」

涼香が抗議するかのように質問しようとするのを綾子が遮る。

「まぁ、待ちなさいよ。全部聞いて。」

涼香はことばを飲み込み、親友の次のことばを待った。

「生命衝動があるから自立したくって、どうしてもやりたい作業があるって話しは、とてーも大事なことよね。」

「うん、そう思うわ。私も目からウロコが落ちる気がした。」

「そういう目で子どもを見ると、どうして大泣きしてまで靴を自分ではきたがるのか、とか、ミルクを自分でコップに注がないと気が済まないのか、とかがわかるよね。つまり、子どもをもっとよく理解できるようになるってことよ。」

「そうね、その通りだわ。」

「お母さん達にこの話しを知ってもらいたい理由の一つには、子どもに対する無理解ゆえに『どーーしてあんたはそんなにワガママなのっっ!』なぁんて理不尽な叱り方をしないですむようになるからなのよ。」

涼香は自分にあてはめながら、ふむふむと聞く。

「涼香はどう思う?もしパン屋さんでヒロ君が、どうしても自分でパンを取らせろと泣いたら、どうする?」

「え・・・?どうするって・・・。ええっと・・・。」

突然、自分にふられてとまどう。

「じゃぁさ、自分でなくてもいいわ。

一般的に。子どもに対する無理解ゆえの悪い対処ってどんな対処だと思う?」

「う・・、そうね・・・。それは綾子が言ってるみたいに『なんでそんなにワガママなのっ!』なんて怒鳴りつけるとか?叩いちゃうとか?」

「そうよね。それが子どもに対する無理解ゆえのまずい対処よね。じゃぁ、子どもは今、自分自身を成長させるために、どうしてもパンばさみでパンを取る練習がしたいんだって理解しているなら?どんな風に対処すればいいの?」

「それは・・・・。」

ことばにつまる。池谷達のいうように、子どものために子どもの言うようにパンを取らせればいいのか・・・。いや、そんなはずはない。

涼香は「あ!」と突然思いつく。

「『おうちで練習しようね』って言う!だってその場ではさせられないけど、だからこそモンテッソーリの教室内にはいろんなお仕事が用意されているんでしょう?!」

「そうっ!その通り!」

涼香の顔が輝いた。

「いくら子どもの成長に必要だからって、その場ではさせられないことってたくさんあるわよね。

だって、考えてもみてよ。どうして子どもはそんなに泣くほどやりたがるの?自立できるように、自分でできるようになりたいから練習したがるわけじゃない?それってつまり、できないからやりたいわけ。泣くほどやりたい活動ってのは子どもができない活動なのよ。

練習だから当然いっぱい失敗もしてしまう。でも、失敗されたら困ることって日常の中ではたくさんあるわよね。だからこそ、“ここでなら”“今なら”どんなに失敗されてもいいわって機会を作ってあげて思う存分、練習させてあげればいいのよ。」

「でもさ、綾子、もし私が浩之に『後で練習させてあげるから、待ってね。』な〜んて言ったところで聞くわけないわよ。泣いて騒いで大変だと思うよ。」

「ふふ、そうよね。でも、それはもう気にしなくたっていいのよ。」

「気にしない・・・?」

「そう、『やってみたいよね〜。後でやろ〜ね〜。』って言って涼しい顔しとくのね。」

「なるほど・・・ね・・・。『やってみたいよね〜。後でやろ〜ね〜。』ね・・・。」

涼香は綾子の口真似をしてみた。

「それに私ね。」

今度は綾子の方から真剣な顔を涼香に向ける。

「そのパン屋の話しで一番問題だと思うのは、矛盾していることだと思う。」

「え?矛盾?」

「そうよ。だって涼香はヒロ君に教えない?食べ物は大切にしましょうって。その池谷さんって子どもに教えてるんじゃないの?食べ物を粗末にしてはいけませんって。」

「それは・・・、教えていると思う。」

「でしょ?でも、パン屋でパンをおっことして無駄にしてもいいなんて矛盾しているよね。」

「うんうん!!そうそう!!そうよ!」

涼香がいきおいづく。

「そういう矛盾は子どもを混乱させるのよ。例え、その時、その場所で子どもが『ママは矛盾している!』なんて自覚できなかったとしても、心のどこかに釈然としないモヤモヤの種は間違いなく残るわ。」

「その種が成長したりする?」

「う〜ん・・・、そうね、子どもに相反する二つのことを同時に指示するのは本当にまずいことなのよね。」

涼香は改めて親友、綾子を見つめた。

綾子が冷めかけたお茶をそれでもおしそうに飲み、そして涼香の見つめる視線に気がついた。

「ん?」

不思議そうに涼香に「何?」と聞く。

「ううん・・・。ただ・・、ただね。いや、綾子って本当にすごいなと思って。」

涼香が心から感心したように言う。

「や〜ね〜。何にもでないわよ。」

「ホント、本当のことよ!綾子、これからもいろいろ教えて、助けてね。」

「ははは・・、テレるな。私で役に立ったなら嬉しいわ。」

綾子が嬉しそうに笑う。

「そういえば、涼香、ヒロ君の先生、なんて名前?」

「先生?日比野理佐先生というのよ。」

「へぇ・・・、日比野先生か・・・。」

そう言いながら、綾子があれ?と考え込む。

「聞いたことがあるような・・・、あ!そうだ!」

「何、知ってるの?」

涼香も驚く。

「あ、うん、知ってるって程でもないけど、そうそう!そういえば、ルイの紹介だったわ。」

「ルイ?」

「うん、モンテッソーリ教育の研修会であったことがあるのよ。日比野理佐先生。そのころ、つばさ幼稚園に勤めていた私の友達が紹介してくれて、一緒にご飯食べたりした。」

「え?それがルイ先生?もしかして、佐藤流衣先生?ばら組の先生だけど。」

「えーーっ!!佐藤ルイ、まだつばさ幼稚園にいるの?!!」

「友達なの?」

「う〜ん・・・、モンテッソーリの学校で同期なのよ。一緒に一年間、勉強した仲なの。でも・・・、友達ってほどでもないんだけど・・・。」

綾子がくちごもる。

「なんだ・・、あの娘、結局、辞めてなかったのね。ま、ルイらしいか・・・。」

「どういうことよ。」

「ううん、なんでもない。」

綾子は話したくなさそうに、モゴモゴ、口を動かし、それから、私のことはルイに話さないでね、と付け加えた。

なんだろう・・?

まぁ、よそのクラスの先生だし・・・。

涼香は今は深く追求するのをあきらめた。